京都地方裁判所 昭和59年(行ウ)2号 判決 1984年6月28日
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告の本件訴は、被告の実施した本件各明示行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当することを前提に、その無効確認を求めるものである。しかし、本件道路が国有財産としての里道なのか、あるいは、公有財産としての市道なのかは、必ずしも明らかではない。そこで場合を分けて判断する。
二本件道路が国有財産である場合、隣接地の原告所有地との間で境界明示行為を実施するには、法三一条の三ないし五の適用のあることは、いうまでもない。
しかし、法三一条の三ないし五に基づく境界明示行為は、行訴法三条の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当せず、抗告訴訟の対象にはならないと解するのが相当である。以下その理由を詳述する。
1 「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の行う行為のうち、行政庁が優越的な地位に基づき、権力的な意思活動としてなす行為で、それにより個人の法律上の地位ないし権利関係に対し、直接何らかの影響を与えるものを指称する。
そこで、法三一条の三ないし五に基づく境界明示行為が、これに該当するかどうかが問題になる。
2 ところで各行政庁の長は、その所管にかかる国有地につき境界を確定する場合、隣接地所有者に対し、立会場所、期日等を通知して協議に応じるよう求めることができ(法三一条の三第一項)、右協議を求められた隣接地所有老は、やむを得ない場合を除き、右通知に従つて立ち会い、協議に応ずべき公法上の義務を負い(二項、ただし右義務に反した場合の制裁は規定されていない)、協議が成立して境界が定まつたときには、これを書面により明らかにし(三項)、協議がととのわない場合には、手続が終了し各行政庁の長は、境界確定のためのいかなる行政上の処分もなし得ないものとしている(四項)。
また、右協議を求めたにもかかわらず、隣接地所有者が正当な理由に基づく通知なしに立ち会わず、協議ができないときは、各行政庁の長により、境界を定めることができるものとされているが(法三一条の四)、この規定は、隣接地所有者が異議権を放棄したものとして、法律がその同意を擬制したものと解するのが相当である。そして、その擬制の効果も、隣接地所有者が不同意の通告をすれば、失われ、結局境界は確定しない程度のものである(法三一条の五)。
3 そうすると、法三一条の三ないし五に基づく境界確定は、行政庁と隣接地所有者とが対等の立場で協議し、両者の合意により、あるいはその合意を擬制して成立するもので、財産権の主体たる行政庁と隣接地所有者との間の私法上の契約の性質があるにすぎず、行政庁の優越的地位に基づいてされるものではないとしなければならない。
したがつて、法三一条の三ないし五に基づく境界確定は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しない。
4 もつとも、法三一条の二は、各行政庁の長は、その所管に属する国有財産の調査又は測量を行うためやむを得ない必要があるときには、その所属の職員を他人の占有する土地に立ち入らせることができる旨を規定している。
しかし、この規定は、調査や測量の円滑を期し、ひいては国有財産の有効な利用の実現を目的とするものであつて(ある者の財産権の円滑な行使のために他人の財産権が制限を受ける場合のあることは、民法二〇九条も容認している)、行政庁に優越的な地位を与える趣旨ではないから、この規定のあることから、境界明示の性質が、いわゆる行政処分に変質するものではない。
三1 本件道路が公有財産である場合、法三一条の三ないし五の規定が適用されたり準用される余地はない。
2 原告主張のように、被告がこれまで法三一条の三ないし五に従つて市道の境界明示行為を実施してきたものであるとしても、それは、市道と隣接地所有者との間の境界をめぐる紛争を事前に回避するため、類似の法三一条の三ないし五の規定を事実上参考として処理してきたにすぎない。被告が、市道に関する境界明示行為を実施し得る根拠を規定したり、その効果を定めた法律はないのであるから、市の行つた境界明示行為により、市道の区域が決定、変更されたり、隣接地の所有権の範囲が確定されることは、法律上あり得ない。
3 また、道路法一八条一項には、道路の区域の決定、変更は、当該道路の管理者によつて建設省令で定めるところにより、これを公示し、かつ、これを表示した図面を一定の場所において一般の縦覧に供することによつてなすことが規定されているから、この規定によらずに境界明示の方法で、実質的に道路の区域の決定、変更の効果を生じさせることはできない筋合である。
4 そうすると、本件道路が公有財産である場合でも、本件各明示行為は、いわゆる行政処分に当たらないとしなければならない。
四むすび
本件各明示行為は、いずれの場合であつても、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないから、これに該当することを前提としてその無効確認を求める原告の本件訴は、その余の点について判断するまでもなく不適法である。
そこで、本件訴を却下することとし、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(古崎慶長 小田耕治 長久保尚善)